去る者は追わず

自分を慕ってた人が時の経過とともにお互いが変化していき行動や考え方に違いが生じ離れていく。

友人関係、またはビジネス関係など表面上の付き合いであれば愛別離苦をさほど伴わなので相手が何らかの理由により去っていけば無理に引き止めてまで付き合いを復活する労力は余程のことが無い限りしませんが、これがひとたび恋愛関係や夫婦関係や付き合いまでに発展せずとも好意を寄せている男女関係になれば話は別となってしまう所があるでしょう。それは愛別離苦を伴う苦しみが深いからです。その苦しみは関係が親密になればなるほど苦しみは深くなるでしょう。

しかしだからといって別れていこうとする人を自分は別れたくないからと引き止める行為は相手からすればともするとストーカーやしつこさのあまり嫌悪の対象人物に変化してしまう恐れもある人に自分がなってしまい、よりを戻すどころかもう一生会いたくはない人に成り下がるレッテルをはられてしまうことすらあるでしょう。

愛した人が去っていく苦しみは精神が崩壊するほどの苦しさを伴います。その苦しみの度合いは執着の度合いに比例します。

ですから相手の執着心をいかに軽減し無くしていくかが苦しみを無くしていくポイントで何でも良いから別のことに集中できる場を取り入れること、趣味だったり仕事だったりそういうものが無い人でも毎日の生活でのルーティンになっていること一つに集中する、例えば手抜き料理ばかりであったものを手をかけ時間をかけ料理することに集中して作ってみるとか、掃除を集中して念入りにやってみるとか、何もせずじっとしていると過去の執着が頭を支配してくるので本やネットの文書でも集中して読むなど、過去への反省は必要ですが後悔はしても自分を更に苦しめるだけです。

ああしなければよかったのではと後悔してもその経緯に至った行動は相手があった事でありお互い様なのです。自分を卑下せずその経験が今後の人生の教訓としていけるよう、執着やこだわりを捨て相手の今後の幸せが自分とリンクしなくても慈悲心で相手をおもいやる心を持てば別れても嫌いではない人にしてくれます。

偶然会った時嫌な顔されて逃げられたいですか、それともひさしぶりと言葉をかわせてくれる人になっていたいですか。

この出会いや付き合いは自分が成長するには 必然な人でその人が自分の人生のストーリーにおける重要な登場人物であったならどんな別れであれ感謝しかありません。

コメント

  1. […] 前ページでは去る者は追わずについて思うことを記しましたが今回は来るものは拒まずについて […]

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